Translate

2015年6月1日月曜日

江別教会へようこそ

 

                                  
日曜ミサ 9:00

ミサとは 

ミサは、ダヴィンチの名画でも有名な「最後の晩餐」に由来しています。
イエスは十字架にはりつけにされる前、弟子達と食事を共にパンとぶどう酒を    
自分の体と血にかたどって聖体として制定しました。そして人々の罪を負って
受難を受けて死に三日目によみがえりました。
ミサの中で私たちはイエスの生涯の出来事を思い起こしながら私たちの代わり
に自ら“いけにえ”となってくださったことを感謝し、現代を生きる私たちのた  
め、恵みと助けを願うのです。
     
 


 
 
 

江別教会の誕生


手づくりの教会

 

  江別教会は手づくりの教会です。1955年木内藤三郎様が主任司祭として着任されるや、早速それまでの司教地であった小樽住之江教会の信者、神学生らの応援を得て、教会堂建築に着手、古くからの信者によると大工さんも何人かいたようですが、素人がセメントを練り、ブロックを積み上げ、フローリングを張ったりして汗を流されたとのこと。「聖堂に入ると、そこここに進んで奉仕してくれた方々の手の温もりのを感じる」この教会をこよなく愛し、この教会から天に帰られた石上昭夫神父のことばです。

 
 「わたし達信者も先輩方の遺産を大切に教会において、共同体づくりを大切にしていきたいものです」
 

    聖堂には木内神父が彫刻された大きなマリア像があります。【木を見ていると、中でマリア様が「早く出して、ここを削ると表に出られるから」そうおっしゃるんだ】と、側で見ている人に言いながら彫っていたそうです。しかもそのお顔はピリカメノコ。「これが北海道のマリア様だ」という訳です。

 

創立当初の江別教会
                                                                                                    
  




作業中の木内神父


木内神父の作品


 

 

 

  
 イエスが私たちに教えてくださいました
                                

                                                                               ハン ヂョン ス

                                                        主任司祭  韓  最  守              

)
)
 
 
 

真 福 八 端(しんふくはったん)

 
心の貧しい人々は、幸いである、天の国はその人たちのも のである。

悲しむ人々は、幸いである、その人たちは慰められる。

柔和な人々は、幸いである、その人たちは地を受け継ぐ。

義に飢え渇く人々は、幸いである、その人たちは満たされる。

憐れみ深い人々は、幸いである、その人たちは憐れみを受ける。

心の清い人々は、幸いである、その人たちは神を見る。

平和を実現する人々は、幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる。

義のために迫害される人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。

わたしのためにののしられ、迫害され、身に覚えのないことであらゆる悪口を浴びせられるとき、あなたがたは幸いである。喜びなさい。大いに喜びなさい。天には大きな報いがある。

                                   (マタイによる福音書53-12